2016年夏の参議院選挙の違和感1~福島原発事故から始まる地方分断~

 もう残すところ今日を入れて4回分となりましたが、メディアなどは小手先の問題だけを語って、重要な問題を取り上げません。そこで、このブログでは目立たない問題について語っていきます。

 その後の政治を見ると、2014年12月解散総選挙の真の争点は集団的自衛権の行使を認める閣議決定を認めるか認めないか、でした。もしかしたら今回の選挙ではあまり問題になっていないものが大問題になる可能性があります。

 安倍や自民党は改憲について全く語りませんが、野党は色々語っていて、一応新聞などでは改憲が争点だという意見が出ています。この問題については過去記事ですでに説明しましたので繰り返しません。


 違和感シリーズは各政党の政策でどの政党に投票するかということについて書くわけではありません。おそらく、わたしの書いた内容を参考に投票しても裏切られるだけです(それは実現されないか、あるいは悪いほうに進む)。

 このブログは第三次世界大戦に向かう流れを俯瞰的に説明することと、できれば、その解決策を模索することにあります。個々の問題を議論しているときでさえ、わたしは全体を見ようと努力します。


 1回目の今日は福島原発から始まる地方分断です。原発の問題は2012年12月の総選挙ではだいぶ話題になりましたが、安倍政権が3年半政権を維持する間、鹿児島川内原発の再稼働が行われるなど、着々と物事が進んでいく中で、メディアの報道は限られたものとなり、5年たってからメルトダウンを認める証拠を出してきたものの、世論の盛り上がりはいまひとつです。自分の命にかかわる問題なのに、「関係ない」ようにふるまっているのは長期的には問題だと思います。

 原発問題が風化していく原因の一つに、多くの人が「忘れたがっている」という要因があるとわたしは見ています。

 例えば、福島の農協は、東北の中では唯一自民党支持を決めています。ほかの県は自主投票としたので、それが東北での野党の支持率アップにつながっている側面があります。

 実は、2009年の民主党が大勝した選挙の時も、JAは一部自主投票を決めていて、当時はメディアの二大政党キャンペーンとマニフェスト選挙が話題になっているときで、農協は政策本位で自民か民主かを選択し、その結果、自民党最大の票田であるJAの票が野党にも流れました。今回は前回よりももっと強い理由でTPPに自民党が参加し、重要五品目を守れない、TPPに入れば農業は壊滅するという危機感から、東北の農協は福島を除いて自主投票を決めました。自民党の支持率は農業新聞系ではかなり低く出ているので、

 そのうえで、ではなぜ福島の農協が自民党支持を決めたのかというと、それはおそらく下手に政権交代が起きて原発問題が蒸し返されることを恐れているからでしょう。

 福島の農協にとって、最大の問題はTPPではなく原発事故後の風評被害です。最近は外国にも福島県産を輸出できる品目も増えてきましたが、福島に対する悪いイメージは原発事故から5年以上たっても、消費者の中から完全に消えたわけではありません。

 福島以外はTPPに参加する安倍政権を支持する理由はないかもしれません。でも、福島はもしも野党が原発についてなにかやったら、風評被害を、福島のことを思い出してしまうかもしれない、そういう恐怖が彼らを保守的にしているのだと思います。

 自民党に任せておけば勝手によその原発を再稼働してくれて、国民の税金からですが賠償金も出してくれる。被ばくはするけれども、「赤信号みんなで渡れば怖くない」どうせ、首都圏も被ばくしているんですから。

 原発事故後の福島県民の保守的な態度は、彼らの生活の不安定さに起因しているのかもしれません。生活が不安定だと、無意識に安定を求めて安定した権力を求めるものです。いま自民党は安倍政権が3年半続く政権になっていますから、このバランスをあまり変えたくないのでしょう。消費者の目線を福島から逸らせれば、農作物が売れて生活の見通しが立つようになればいいと思っているかもしれません。

 福島の人々は、災害のことを忘れたがっていると思います。それは農村に限らず、「原発事故さえなければいまはもっとよかっただろう」そう思えてしまう。

 わたしは福島に1回いったことがあります。ちょうど原発事故から3年たった時のことですが、なんというか、みなさんつらそうに見えました。災害からの復興のためになにかしてほしいと思う一方で、みじめな自分たちを忘れたいと思っているのかもしれません。中には、もっと問題を議論するべきだと思う人もいるかもしれませんが、そういう冷静な人はすでに福島には残っていないのですから、保守化が進むのは仕方のないことです。

 わたしはもし福島県民がこうした思いを抱いていたとしても、批判できる立場にはありません。しかし、こうした思いを福島の人々が抱いているとすれば、その危険性について警告する必要があると思っています。

 「原発事故はなかった」という風化を求める思いは、「日本は負けていなかった」という妄想を繰り広げる極右と類似していると思います。


 日本人は2011年以降、狂ってしまいました。東北の人たちだけに限らず、西側の人たちもそうです。いまは東西分断とでもいうべき状況です。東側は大変だというけれど、西側は「自分たちは関係ない」と思っている。

 それでも東側が問題を受け止めているうちはまだいいのですが、東側で「あの事故はなかった」ことにしたいという願望が広がれば、その願いを叶えるために失われたあるべき未来を過去に探そうとし、栄光ある日本を思い出そうという流れを生み出すでしょう。

 それが2014年ごろから始まった日本人を褒め称える気持ち悪いテレビバラエティ番組や、韓国中国へのヘイトを吐く連中の土台にあると思います。それは極右に栄光ある大日本帝国を想起させ、憲法改正への情熱を生み出します。

 彼らが勝手に盛り上がっている、それが多くの国民の抱いている印象です。これは日本だけでなく、世界中で起こっていることで、つまり、不都合な現実を忘れたいという人々が自分たちの失われた過去を取り戻すためという名目で勝手に暴走しているのです。それを多くの人々は冷めた目で見ている、あるいは危険視しています。

 彼らが最大多数を取ることは原発事故を経験した日本を除けば、可能性は低いと思います。彼らの情熱が多くのものを動かすのは事実ですが、彼らの情熱に多くの人々は思想的に素直に同調したり、感化されにくいのです。そうした勢力へシンパを感じることはますます深刻な対立を生み出すことにしかならないでしょう。それが第三次世界大戦の火種になることは目に見えています。

 わかりやすくいうと、いま世界は失われた過去を求める比較的余力のある人たちとそれに引っ張られる人極右(および極左)の人たちと、失われた過去を求める情熱に同調することのない一般国民の3つに分断されています。

 同じような分断は日本でも起こっています。


 日本はいま、東日本、西日本、沖縄の3つに分断されてしまいました。西日本は保守という名の極右に乗っ取られて、東日本は冷めきっています。そして、沖縄が左派のよりどころとなっています。それは、極右、極左、一般国民に分断されている世界の構図の縮図なのです。

 そして、この分断はすべて民主党政権時代に端を発し、彼らの政権運営の失敗が生み出したものなのです。

 しかし、わたしは「だから民主党が悪い」でレッテル張りして問題をごまかそうとするれ低能なネトウヨに同調する気はありません。

 問題は、誰が失敗したかではないのです。

 前に進むたに一時的に分断が生じるのは仕方のないことです。分断されたならば、また統一すればいいのです。しかし、民主党はその統一を成し遂げる力やビジョンをやはり持っておらず、安倍政権もまたアベノミクスの失敗によって統合を失敗しました。安倍政権はむしろ、自らの情熱を推し進めるために、それに反対する一般国民と左派の連合を作り出し、明確な対立軸を作る手助けをしたと言ってもいいかもしれません。

 このことからもわかるように、安倍政権のままで日本を一つに統合することはできないでしょう。外的なショックを利用しても、それは非常に困難な道のりです。

 安倍と日本会議は勝手に盛り上がって、勝手に自分たちのやりたいように進んでいます。これを止めなければならないのは明らかです。

 しかし、他方で一般国民は野党に物足りなさを感じています。彼らの感じる物足りなさの正体こそ、日本を一つに統合するビジョンであったり、力であったりするわけです。野党は正しいことを言っています。安倍政権と比べれば、その正しさはまったく疑いようがないほどです(比較対象がおかしいだけかもしれませんが)。

 わたしたち、ふつうの人々を情熱に駆り立てるようなものは存在しません。忘れたくて仕方がないこと、5年連続で低下する実質賃金、原発の風評被害を忘れるためには、情熱が必要です。でも、政治家はそれを駆り立てくれません。

 そうした状況で現れたのが第二次安倍政権でした。安倍は経済成長という目標による統合と、憲法改正の準備を陰で推し進めました。多くの人々は経済成長をもう一度期待して、一部の人々はネトウヨとなることで安倍政権の下で統合がなされました。

 しかし、2014年4月の消費税増税以後、日本経済は低迷しはじめて、安倍政権の支持におけるネトウヨの割合が強まりました。ネトウヨは安倍の憲法改正の情熱と一体化することで問題からめをそらすことができました。

 結果、なぜか極右が元気になり、大多数の国民は政治や情熱から置き去りにされて、虚無に陥っているというのがいまの日本の状況です。2013年7月の選挙以来、投票率が下がり続けるのは、政治に対して情熱を抱くことがもはやできなくなっているからではないでしょうか。昨年の安保関連法案の反対運動、市民による野党共闘は情熱という点ではわずかな上積みしか実現できていません。それは、彼らが反対勢力として団結することを選んだことの結果です。でも、ほかにどうしろというのでしょう? その選択肢をやはり野党は示せていないと思います。

 わたしたちの前には問題が山積しています。しかし、一つ一つ片付けていかなければ、いつかは問題の山に埋もれて身動きが取れなくなってしまうでしょう。


では、また あした

にんじんスコール注意報

空からにんじんが降ってきてなにかが変わったらいいなと願っているブログ。 ……というのは冗談。 第三次世界大戦に関することや世界統一政府に向かう陰謀シナリオなどを予想したり、時事ネタなどを書いています。

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